R - rose valley
トルコのカッパドキアは奇岩が沢山見られることで有名だ。9世紀頃イスラム教徒に追われたキリスト教徒が、そのあたり特有の柔らかい岩をコツコツと掘り造った岩窟教会や修道院、びっくりするほど大きな地下都市が無数に点在している。そこを見に行ったときのこと。野外博物館を見たあと、道を歩いていると一件だけポツンとあるチャイハネ(トルコのカフェ)の横に『隠れ教会→』と矢印があり、近づいていくと色眼鏡の怪しいおじさんがボロボロに色褪せた写真集を開いて何か言っている。「私達は教会が見たい」と言うと「こっちだ」と言う。ついていくと岩をくりぬいて造られたチャイハネ(兼、住居)の奥の部屋にソファーがあり「ここに座って。ほら、このロウソクを見て」と、なんだか怪しいロウソクに火をともす。私達は「違うの。隠れ教会がみたいの!」外に出ると、色眼鏡のおじさんは「僕についてきて!」と、そのチャイハネの上というか、岩山に先導していくので(ちょっと怪しいけど、まあ平気だろう)とついていった。「ほら、ロバ!」と言うので(まさかこのロバに乗せられ金取られるんじゃ?!)と一瞬頭をよぎったが、ロバはのんきに口をモゴモゴしているだけだった・・・
おじさんはのんびりフラフラ歩き、あたりに生えてる草花を摘んでは「はい」と渡してくれたり、アプリコットの青い実を採ってくれたり、いかにも自然を楽しんでいるようだった。鼻歌を歌いながら「君たちも何か唄って」と言うのでピクニックとホンダラ行進曲(byクレイジーキャッツ)を唄ってあげた。おじさんは曲に合わせてリズムをとりながら歩いていく。私のスニーカーは底がツルツルにすり減っていて、ざらざらした砂混じりの岩のちょっとした斜面は滑って足元が不安定だった。おじさんはツッカケサンダルで平気な顔して歩いているが、なんだか頼りなげで、もしも岩山から滑り落ちても助けてくれそうにない。
「ほら、ここだよ」岩をくりぬいたちっちゃな教会は入口が閉まっているので格子から覗き込むと中に壁画があった。これが隠れ教会か。長い年月風雨にさらされ、もろく崩れつつあり立ち入り禁止になっている建物(ってか、岩)も多い。
小さな住居跡(ここも岩をくりぬいた)におじさんが入り「こっちこっち」と言うので入っていくと、「じゃあ、ここ上るから」と平気な顔して言うのだが、そこは上に伸びた 煙突のような垂直な穴で、高さは2、5mくらいか?足をかけて上るような穴ぼこがある。靴が滑る私は「だめだめ、絶対無理!」と辞退し、そこで待つことにした。友人まさみがついて上っていくと「え〜〜〜!!こわいーーー!!」と、声が聞こえる。しばらくしておじさんは先に下りてきて、私に「僕は怪しい人じゃないよ」と言っていて、続いて下りてくるまさみの方なんか見ていやしない。(良かった〜、行かなくて・・)「すごかったんだよ〜〜、ここ上がった所が山の斜面で足元が30Bくらいしかないんだよ。で、そこから斜面をよじ登っていったんだよ」(ああ、死なずにすんで良かった・・)
そこを出て、歩いて行くと岩の付け根に高さ40Bくらいの穴があいていて、「ここは15mくらいのトンネルになっているんだ。ライター持っているかい?(ない)じゃあ、マッチで行こう」え??ここ這っていくって??「ぜ〜〜ったいぜ〜ったい嫌!!」私はトンネル恐怖症なのだ。まし
てや、地べたを這っていくなんて何がいるかわからないし、考えただけでもトラウマになりそうだ。2人でやだやだ言ったので、「じゃあ、やめよう。僕はみんなが楽しければ僕も楽しいんだ。みんなが幸せなら僕も幸せなんだよ。君たちが嫌なら行かないよ」とおじさんは言った。山を下りるとき危ないところで手を貸してくれたので、手をつなぐと「トルコでは奥さん以外の女性の手なんて握ることができないんだ。どうもありがとう」感謝されてしまった。そうかそうだったのか。トルコを旅している途中やたら握手を求められ、手を貸してくれる人も多く、子供も含めりゃ毎日何人もの手を握る機会が多くて「私、知らない人と一生分の手を握っているんじゃないかな?」と言っていたのだ。トルコ人は旅行者にここぞとばかり手を差し伸べてラッキー!とか思っていたんじゃないか?
山を下りて、おじさんのチャイハネの外のテーブルででチャイ(travel-C参照)をご馳走になった。そこからの眺めは、ピンクがかった岩山をバックに白く尖った無数の岩山が並び、世界中でもここでしか見ることができないであろう素晴らしい景色だ。あたりには一件の家もない。「あの岩山はローズバレーといって、夕陽が当たるとバラ色に輝くんだ。日が沈むにつれてその色が七色に変わっていくんだよ。僕は毎日それを見ながら楽器を弾いているんだ」なんという贅沢なんだろう!奥からサズというギターのような楽器を出してきて、弾き語りをしてくれた。サズは7弦で2.2.3本ずつ3つに分けて張られている。楕円形のピックで弦を弾きながら太鼓のように本体を叩き一人二役のように演奏する。何曲か弾いてもらった後「簡単なトルコの曲を教えて」と頼むと『ウスキュダルの唄』を教えてくれた。その昔、江利チエミが唄って日本でもヒットした曲らしい。まさみがおじさんのスケッチをして見せると、スケッチブックに貼られたお昼に飲んだワインのラベルを見て「もっといいワインがあるんだよ」と、赤ワインをご馳走してくれた。ローズバレーが赤く染まり始め「ここでこんなにも素晴らしい景色とともに暮らしているあなたは世界一のリッチマンだ」と言うとおじさんは驚いたように「ありがとう」と言った。「僕は店を閉めるからこの楽器を弾いていていいよ」とサズと鼓のような太鼓を貸してくれたので、2人でどんどこ叩きまくった。
「じゃあ、中に入って」岩山をくりぬいた家の中でチーズを挟んだパニーニと、タマネギとトマトのサラダをつまみに出してくれて、2本目のワインもまさみと2人でほとんど飲んでしまった。「僕はディスコミュージックが嫌いなんだ」と言うおじさんはメディテーションミュージックのような音楽をかけていた。さっきみた不思議な手製の燭台のロウソクに灯りをともしてクルクル回してみせる。トルコ人にはあまり似つかわしくないスピリチュアルな繊細そうな人なのだ。「僕の両親はとても貧しかった」今は独りここでひっそり暮らしているそうだ。「日本人はお金があっても余裕もなくあくせく働くばかりで、心は貧しいよ。あなたの方が日本人よりずっと豊かな暮らしだよ」「僕は一生懸命働くことは正しいと知っている。でも僕はこういう暮らしがしたいんだ。それは間違っているのかもしれないけれどね」私達はうん、うん、頷いた。「そうだ!」まさみが誰かにあげてもいいな、と持ってきていたお守りを取り出し彼に手渡した。「日本の神があなたを守ってくれる。でも、これ、ブッダじゃなくて、ジャパニーズゴッドだから」(唯一神のアラーを信じるイスラム教徒にいいのか?・・それにこのお守り、かえる守りだし・・)しかし、おじさんはお守りを握りしめ「ありがとう!」と喜んでくれた。お礼にと、奥から売り物のカッパドキア置物を新聞紙に包んでくれた。おじさんはアラブっぽい音楽をかけ、ベリーダンスの真似をして腰に布を巻き、カスタネットみたいなシンバルをを手にして踊り出した。私達も酔いに任せて立ち上がり、3人でベリーダンスもどきを踊りまくって夜は更けていった。
実はおじさんだとばかり思っていた彼が年下だったと判明し、トルコ人の奥行きの深さを実感した夜であった・・・

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不思議な、ニョキニョキ生えたんじゃないか?というような岩だらけ。
この岩を削って住居が造られた。歩いていたのはこんな岩山の上。

ローズバレーは右手奥あたり。


チャイハネでサズを弾くおじさん。バックにローズバレー。


テーブルには不思議な燭台。